所信表明

所信表明

自らの考えを人々に訴える演説という言葉は福沢諭吉の造語とされる。
諭吉は英語のスピーチの役を考えるに当たり、当初は出身の中津藩で
書面に使われていた演舌と言う言葉を用いた。
舌では俗っぽいので説に改めたと言う。なるほどね。
だが後に、宮武外骨が演説は古くからあった言葉だと諭吉にかみついた。
また、諭吉は西欧由来の演説を社会の近代化の柱としたが、わが国にも
古くから和漢の講義や講釈、僧の辻説法、講談や落語など話芸の文化が
ある。
外骨はそうした説教や話芸の伝統があったからこそ明治のスピーチ、演説が
すぐ受け入れられたというのである。
いつの時代もひとの言うことにかみつく人っているんだね。
ならば辻での説法を政治活動の柱にしてきた野田佳彦首相の所信表明演説
は古き日本の伝統に連なっているのか、
政権交代この方、二人の首相がまき散らした華麗なスローガンの数々と、
もたらされた成果の乏しさの落差にほとほとあきれた国民だ。
ここは実現のおぼつかぬスローガンより自らの正心誠意を国民と野党に
訴え、対処すべき政策課題を列挙した野田首相だった。
もちろん意地悪く見れば、スローガンの成果の落差を埋めるには成果を出すより
もスローガンを出さない方がたやすかろう。
だが、ここは与野党や野党との合意形成を最優先し、ともかくもできる政策を
前に進めようと言う野田流の意思表明受け取っておきたい。
野田さんも早速叩かれ始めたと言う感じがするなぁ。
だれがなっても文句を言われ、何かしらぼろが出て、辞任に追い込まれる今の
首相連中。まともな人はいつ出てくるのであろうか。

2012年2月20日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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